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「くるみ割り人形」指揮者の湯川紘惠さんにインタビュー

今月末の「くるみ割り人形」において指揮をされる湯川紘惠さん。スターダンサーズ・バレエ団の公演を指揮していただくのは今回が初めてとなりますが、実は、バレエ団と湯川さんの間には、意外なつながりが。

スターダンサーズの「くるみ割り人形」では、2幕終盤、物語も終わりに差し掛かったところで序曲のフレーズが挿入されるのですが、湯川さんはなんとこの部分の編曲に携わっていらしたのです…!

この編曲が生まれた当時のお話や、初めて指揮をふるスターダンサーズの「くるみ割り人形」への想いなどを聞きました。

 

公演パンフレットには、初演時からずっと湯川さんのお名前が。

 


 

2012年に制作された「くるみ割り人形」に携わることになったきっかけを教えていただけますか?

藝大指揮科への受験時代にお世話になった師匠である指揮者の田中良和先生にご縁を頂き、このプロダクションに携わらせていただくことになりました。

田中先生のご自宅のレッスン室で、鈴木稔先生からこの編曲部分はスターダンサーズ・バレエ団「くるみ割り人形」の肝となる部分だというお話を伺ったことを今でも覚えています。

 

 

あのシーンは、スターダンサーズの「くるみ」ならではの部分となっていますよね。編曲の作業はどのように進められたのでしょうか?

稔先生の出されたアイディアを私がピアノを弾いて実際に音にしてみたり、稔先生と田中先生がメロディーを歌われそれを弾いてみて、尺を決めていく、、、という作業が繰り返されたように記憶しています。当時のスコアには、その時のメモ書きが残っています。

その後、田中先生の指示のもと、編曲部分のスコア作りや、プロダクションの尺や曲順などにあったパート譜作りも行いました。編曲部分については、既存のパート譜を繋ぎ合わせてできる作業ではなかったので、楽譜作成ソフトを購入し、使い方を勉強しながら作りました。今見ると稚拙な部分が多くお恥ずかしい限りなのですが、、、

そのあとのパート譜作りが大変で、外苑前にある事務所に毎日のように伺い、くる日もくる日もコピー、製本をしていました。お陰で製本作業は今でも得意です。

楽譜の作業がすべて終わった日に、当時事務所のお隣にあったハンバーガー屋さんでご褒美に食べたハンバーガーが本当に美味しくて、まだお店があったら今回バレエ団に伺った際に行きたいなあと思っています。

 

いちばん最初に叩き台として作ったピアノ譜。田中先生、稔先生のおっしゃったことを忘れないように間違えないようにメモすることに必死でした。今見てみると何を書いてあるかわかりません。

 

印刷や製本まで、大変な作業だったと想像します…。この「くるみ割り人形」の制作を通して、特に記憶に残っていることはありますか?

オーケストラの演奏の前にこれだけの準備が必要だと知れたこと。楽譜のコピー製本をしている横に舞台の模型がやってきたり、お衣裳合わせのためにたくさんの物がやってきたり、舞台を彩るパートがひとつずつ出来上がっていく様子が見られたこと。稔先生とダンサーの方々のクリエーションの場所にピアニストとして参加させていただけたこと。

などなど、舞台の音楽がやりたいと思って指揮を目指した私にとって、これだけのプロフェッショナルなお仕事の上に公演が出来上がっていくのだと間近で見て感じられたことは貴重な時間でした。

また、本番の日のお客様の熱量が合わさって、一期一会の公演ができるのだなと感じました。

 

スターダンサーズで指揮をされるのは今回の公演がはじめてとなりますが、これまでのスターダンサーズの公演ではピットに入られていたこともあったとか・・・?

2012年の「くるみ割り人形」の初演の頃より、チェレスタやピアノなど鍵盤楽器がある公演の時はオーケストラの一員として演奏させていただいていました。「シンデレラ」、バランシン「ウェスタン・シンフォニー」、チューダーの「Continuo」でチェンバロを弾いたこともありました。「くるみ割り人形」の1幕にアコーディオンが入った年までお世話になっていたように記憶しています。実際のオーケストラの中で演奏させていただいた経験は大きな財産となっています。

また文化庁の公演で岩手に行かせていただいた際に、幼い頃バレエを習い始めたお教室の黒沢智子先生と再会することが出来たこともとても嬉しかったです。

 

湯川さんからみた、スターダンサーズの「くるみ割り人形」の魅力を教えていただけますか?

「クララが普通の女の子である」ということだと思います。クララはたくさんの人々がいるクリスマスマーケットに遊びに来たごく普通のひとりの少女なのです。彼女が勇気を出して一歩踏み出した世界で巻き起こった出来事や人との出会いによって成長し大切なものに気がつくというストーリーは、私たちにもこのような不思議なことが起こるかも知れないというワクワクと一歩踏み出すことへの希望を与えてくれるのではないかと思います。

私もまた、稔先生の描くクララに途絶えようとしていた扉をもう一度叩く勇気をもらったひとりです。なんとか扉を見つけて不器用ながらに進んできた音楽の道の折々にチャイコフスキーのバレエ音楽がありました。敬愛するウラディーミル・フェドセーエフ先生は幼い頃、第二次世界大戦のレニングラード包囲戦の中「くるみ割り人形」の音楽に生きる希望を得たそうです。チャイコフスキーの美しい音楽にもぜひご注目ください。

 

今回、スターダンサーズ・バレエ団の皆様と指揮者として初めてご一緒させていただけることをとても嬉しく光栄に思います。あの頃の私にいつかこの場所でスターダンサーズ・バレエ団を振らせていただける日が来るよ、と教えてあげたいです。

 


 
湯川 紘惠(ゆかわ ひろえ) 

東京藝術大学音楽学部指揮科卒業。同大学大学院音楽研究科指揮専攻修了。
これまでに指揮を高関健、山下一史、尾高忠明、田中良和の各氏に師事。
リッカルド・ムーティ氏によるオーディションを経てリッカルド・ムーティ・イタリアン・オペラ・アカデミーを受講、東京・春・音楽祭において、リッカルド・ムーティintroduces 若い音楽家による《マクベス》を指揮した。英国ロイヤルオペラハウスにてJett Parker Young Artist Program主催のマスタークラスを受講。
2021年9月よりNHK交響楽団にてパーヴォ・ヤルヴィ氏のアシスタントを務め、2022年から2024年まで指揮研究員として同団の公演に携わる。2023年11月にはフェドセーエフ氏の代役を急遽務めN響定期公演にて《眠れる森の美女(フェドセーエフ編)》を指揮し話題を集めた。
東京・春・音楽祭《トリスタンとイゾルデ(2024年)》《パルジファル(2025年)》にてマレク・ヤノフスキ氏、日生劇場《連隊の娘》にて原田慶太楼氏のアシスタントを務めた。バレエ公演の指揮にも取り組み、これまで牧阿佐美バレヱ団や東京シティ・バレエ団と共演。《くるみ割り人形》《白鳥の湖》《眠れる森の美女》《三銃士》などを指揮。牧阿佐美バレヱ団《三銃士》の公演の際には「バレエへの愛情と理解を強く感じる逸材の台頭を喜びたい。」(ダンスマガジン2023年10月号)との絶賛の評を受けた。
これまでにNHK交響楽団、東京交響楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、新日本フィルハーモニック交響楽団、横浜シンフォニエッタなどを指揮。東京女子管弦楽団常任指揮者。

 

ⓒJunichiro Matsuo

 

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